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2006年 第2号 地域のパンデミックプランニング
地域の守り(その1)  田舎を守るということ−1

西村秀一

独立行政法人国立病院機構仙台医療センター 臨床研究部病因研究室長・ウイルスセンター長

はじめに

前回は、各都道府県が最初のものとして出してきた行動計画を概観してみた。そこでみえてきた、問題の1つに「具体性」があった。特に、地域の実情というものが加味されておらず、県、市、町、村の、人口の規模・構成、医療機関の量と質、人的資源に合わせたそれぞれの各論が必要であるはずなのに、それがみえなかった。守り方は、地域の事情によってそれぞれ異なって当然である。それぞれの「場合分け」が、今後の大きな課題として残されているといえよう。

そこで今回は、まず、田舎を守るということを考えてみたいと思う。なぜ田舎かと問われれば、早い話が都会よりも対策を立てやすいことがあげられる。過疎地から始めて、今後徐々に都会の対策まで順番にもっていければと考えている。なお、ここに書いたことは、主に、パンデミックがすでに日本でも席巻し始め、田舎のほうにもその流行の波が押し寄せようとしている時期を想定している。

田舎を守る意義

東京や大阪といった大都会は別にして、日本は日本列島改造論が世を騒がせた30数年前と、田舎と都会の基本構造は変わっていない。交通の便だけは格段によくなり、均一化してくるかと思えば、やはり田舎は田舎である。都会には若い人が集まり(都会の一部が高齢化しているという面もあるが)、田舎に老人と都会に出る予備軍としての子供たちが暮らす。個々の人口は少ないかもしれないが、総体として都市に匹敵する数の人々が暮らす。だが、田舎といってもさまざまである。都会に接して、都会の通勤圏として昼のうちは都会に多くの住民が移動しているところもあれば、陸の孤島とまではいかなくともまわりの市町村と物理的に離れた僻地や実際の島々もあれば、その中間もある。では、インフルエンザのパンデミックが実際に日本に起きたとしよう。何もしなければ、僻地だろうがどこだろうが全国津々浦々流行に襲われることは、歴史が証明している。当然田舎でも大勢の患者は出る(図1、2)。

筆者は、田舎を守るということについて2つの意義を考えている。まず、そこでの対策は、そこの住民の福祉と健康という意味において、あってしかるべきである。これが、第一の意義。もうひとつは、田舎を守るということは、都会を守ることにつながるということである。かつては、交通手段も発達しておらず、田舎に入ったインフルエンザはそこで燃え尽きるように完結したが、現代のように車社会が発達し、しかも地元に医療機関がないとなれば、患者は勢い都市部に流入してくる。救急車で運ばれてくる人もいれば、自家用車で家族に連れて来られる人も出てくる。それでなくとも都会では流行が厳しさを増し、医療機関の処理能力も自分のところの市民をカバーするのもままならないときにである。さらなる患者ロードの増加は、ますます医療機関の破綻に拍車をかけることになろう。

図1 1918年のパンデミックにおける宮城県郡部での流行を伝える当時の新聞記事
1918年のパンデミックにおける宮城県郡部での流行を伝える当時の新聞記事

この時期、ここにあげられている郡部の小学校における患者数は、まだそれほどでもないようにみえる。 ただし、これらは11月7日の調査時点での報告数である。(大正7年11月10日河北新報記事より)

 

図2 1918年のパンデミックにおける宮城県郡部での流行を伝える当時の新聞記事
1918年のパンデミックにおける宮城県郡部での流行を伝える当時の新聞記事

ここでは、流行から1カ月ほど経った時点での患者数があげられているため、図1の患者数と比べ格段に患者数が多い。

ただし、これでも小学校児童の患者数は含まれておらず、それらを含めれば郡部の住民も非常に高い割合で羅患していたことがわかる。なお、これらは各地にいる駐在さんの報告がもとになっている。地域密着患者サーベイランスとしては、むしろ現代よりもずっときめ細かいものだったといえる(当時は厚生労働省のような省はなく、保健関係は内務省の管轄であった)。

(大正7年12月16日河北新報記事より)

僻地の守り

これは、田舎のなかでも小さな島とか、ひと昔前であれば陸の孤島などといわれた僻地をイメージしているものである。何もしなければそうしたところにも流行の波は押し寄せ、しかも、そこには医療資源はあってもわずかか、あるいはほとんどない。そして、現代でいえば高齢者の比率が圧倒的に多い。1918年のパンデミックのときには、こうしたところにインフルエンザが入ってくれば、そのなかで燃え尽きるまで流行が蔓延するのが流行のパターンであった 参照1)。それは、世界のどこかだけの話ではなく、日本も同じであったと思われる 参照2)

パンデミックのときには、医療資源の豊かな都会も、近隣の市町村も流行に席巻されており、外からの救援は期待できない。

1. 学ぶべき教訓

そのようななかで、1918年のパンデミックの際のアラスカでの話で、リーダーシップをとるべき人たちが最初に罹ってしまい、その後何の対策も立てられなかった村々が壊滅状態に陥った一方で、村の小学校の一教師がリーダーシップを発揮し、犠牲者をほとんど出さずに済んだ村があった話や、互いに60キロしか離れていない西サモアとアメリカ領サモアという南太平洋の島で、統治者が無為無策だった前者と厳しい検疫体制と島内の統制をとった後者で犠牲者の数が格段に違った話は、それらがすぐにそのまま現代にあてはめることはできないかもしれないものの、無為と努力が結果に大きく効いてくるという、非常に示唆に富むものである 参照1)(表1)。

表1 1918年のパンデミック −サモア諸島での被害比較
サモア諸島での年間死者数
  西サモア アメリカ領サモア
1918 全体 8,500/38,178 112/約9,000
1925 全体 - 145/約10,000
1930 全体 - 117/約10,000

参照1)A.W.クロスビー:史上最悪のインフルエンザ  みすず書房、東京、2004年、第12章 サモアとアラスカ参照

参照2)速水融:日本を襲ったスペイン・インフルエンザ  藤原書店、東京、2006年、第4章、第5章参照

だが、これだけは言っておかなければならない。
防疫上の幸運は、それを懸命に追い求める者たちの方に転がってくるものなのだ。

A.W.クロスビー著
『史上最悪のインフルエンザ』   第12章 サモアとアラスカより

筆者が考えるインフルエンザとの戦いの目標は大きく分けて、

  1. できるだけ罹らないようにすること:外からのもち込み阻止
  2. 罹ってしまった人をできるだけ早く治療し重症化を防ぐこと
  3. 二次的被害防止

の3点であるが、こうしたところでの戦いでは、医療資源に絶対的に乏しいという昔も今も変わらない状況や、外に運んでいっても受けてくれるところがないであろうことを考えれば、まずは1番目に重点が置かれるべきであろう。

2. 地域の守りの実際

「田舎」の特徴そして「守り」の昔と今

僻地では小さな村落が多く、高齢者の割合が高く、公共交通機関が比較的に未発達なことが多い。防疫ということを考えるうえでは、これはメリットとデメリットが、あい半ばしているといえる。先にも述べたとおり、いったん流行が入り込んだ場合、被害は甚大なものになりかねない一方、逆にいえば、昔ながらのコミュニティの結束がまだ強く残っており、また自治体としての規模が小さいことでは、コンパクトで効率よい、サーベイランスや広報などのきめ細かな対策が可能と思われる。意義のうえでも、勝算のうえでも僻地版の対策は、ぜひともやるべきである。
  前項で対策の目標を3つ挙げたが、これを一連のものとして表現すれば、「外からのもち込みを可能な限り押さえ、もし入ってきたとしてもできるだけ早くみつけ出して、治療を開始し重症化を防ぐとともに、周囲にも注意を促し、可能であれば予防投与も考慮に入れ、それ以上の拡大を防ぐ。あとは二次被害の防止(後述)」となる。この流れのうちの前半部は、都会でやっても、ほとんど役立たない可能性の高い話だが、守備範囲(物理的意味ではなく)が狭い田舎では、勝算はある。

Cordon sanitaire 現代版防疫ライン

かつて、現代に比べて交通手段未発達で、病気に対する知識や情報が少なく、薬もない1918年当時、地域の守りとして、Cordon sanitaire(防疫ライン)、すなわちあるチェック地点を決めて「ここより先は、流行を通さないという地域の線引き」の概念が、用いられた例があるが、それは小さな村落単位が多く、人の出入りのルートがごく少数に限られ(特に離島など)、出入りがそう頻繁でない僻地であれば、現代でも十分通用すると思われる。ただし、ここでいうチェックとは、かつてのような人を物理的に通さないといった、地域の封鎖あるいは外に対する逆封鎖といった激しいものではない。出入りする人の発熱者のチェックとその後のフォローアップとか、広報でのさまざまな情報提供、注意、協力の呼びかけなど、マイルドなものを想定している。さしあたり、通勤・通学者やちょっと町に出かける人が対象となるが、たとえば出稼ぎから帰ってくる人、都会から疎開してくる人、観光客なども対象となる。

村のなかでやるべきこと

入り口でのチェックの後は、村のなかでやるべきことである。(1)チェックポイントでひっかかった人のフォローアップ、(2)村のなかで罹ってしまった人をできるだけ早くみつけ出し、治療し、重症化を防ぐことと、その周囲への感染の広がりを防ぐことである。ここでは便宜的に2つに分けたが、基本となるものは同じ、コミュニティ内のサーベイランスである。都会では、個人情報過保護法と椰掩されるような法律までできて、匿名社会化し、ますますそういったことがやりにくくなっているが、田舎はまだそんなことはないだろうという期待を込めつつであるが、地域の積極的サーベイランスを展開し、どこにどれだけ困っている人がいるかの情報を可能な限りリアルタイムに近い状態で得て、これにより、早期治療や周囲の予防対策を講じたり、地域の正確な情報の提供や二次的被害防止を図るのである。地域の正確な情報の提供は、単に住民への情報提供にとどまらず、後述するように地域住民の流行への冷静な対応や、行政への協力を求めるうえでも非常に有用である。
  こうしたサーベイランスは、1918年のときには図2で示したように村の駐在さんがやっていた仕事であるが、これに変わるシステムを現代につくり上げる、あるいは既存の人材でカバーする必要がある。ついでにいえば、ここでの早期治療や周囲の予防対策といった医学的な対応に関しては、わずかな医療資源を効率的に活用するためのやり方の検討や事前の抗インフルエンザ薬の備蓄ならびに使い方に関する取り決めが必要である。また、そういったサーベイランスに働く人たちの安全保障に必要な抗ウイルス薬やマスクなどの、準備地域としての準備も必要である。必要量の見積りや、準備に必要な財源措置などを平時のうちから検討しておくべきであろう。

入院代替施設の開設と「二次被害」防止の施策

次は、これまであげてきた努力にもかかわらず、残念ながら実際に患者がかなり出てしまい、それもかなり重症化してしまった場合である。

そのとき周辺の市町村に患者を送ることができないだろうことはすでに述ベた。そうなると村のなかで治療やケアを完結させなければならない。ただでさえ医療資源の乏しい村、入院ケアに対応できる医療代替施設についても考えておく必要がある。地区の公民館でも村の保養施設でもよい。室温をきちんと保つことができ、できれば部屋単位の区切りができて、患者を収容する部屋、そうでない部屋との区別ができる施設を候補に上げておきたい。また、箱物だけではなくそこで患者のケアに働いてくれる人たちを募っておく必要がある。もちろんそういった人たちには感染予防のためにできる限りのことをしてあげる必要がある。

次は、先ほどから頻出のことば、「二次被害」についてである。これは、直接的にインフルエンザによって被害を受けなくとも、周囲の人が罹患、あるいは亡くなってしまったために引き起こされる被害をいい、これは過疎集落に限ったことではない。この二次被害を少なくする対策には、医療というよりも福祉の視点が大切になってくる。保護者や介護者が雁患してしまっている、あるいは亡くなってしまった子供たちや要援護者、引きこもってしまった要援護者などをみつけ出すための地域の定期的見回り、声かけを行い、必要に応じて食料や生活必需物資の供給などの支援適時に行うシステムの確立が望まれる。あるいは二次被害ではないが、そうした弱者のなかの羅患者に対する適切な治療を行うことも、こうした活動のもう1つの目的になり得る。

これらを担うシステムは、まさに前項の村内サーベイランスと基本的には一緒である。

孤立した集団では大多数の人々がみな一度に罷る傾向があったために、 病人の数の方が看病する側の人数より圧倒的に多く、それゆえ病人は水や食べ物もなく、適切な看護も受けられず、それがあれほど高い死亡率をもたらした。

A.W.クロスビー著
『史上最悪のインフルエンザ』第12章 サモアとアラスカより
情報の提供、広報の戦略について

地域での情報提供といった場合、2つの意味合いがある。1つは、マスメディア情報対策である。現代は、過疎地といえどもみなテレビ、新聞などマスメディアからの情報の流れはできており、新型が世界のどこかで登場した時点で、マスメディアは確実に騒ぎ出し、あふれるほどの情報が、否が応でも田舎にまでいきわたるはずである。質的によくない情報や過剰な情報は、住民のいらぬ不安を助長し、パニックの誘引になりかねない。そうした情報の渦のなかで、それをうまく制御するための、地域独自の追加的情報の提供が必要と思われる。

もう1つは、パンデミックの抱える問題とそれへの対処の仕方の根幹にかかわる部分である。パンデミックは、医療の問題と医療以外の問題の複合問題である。前者は、さらに純粋な医学の問題と「医療のあり方」の問題であり、過疎地の場合は、特に医療資源の乏しい場所での有効利用が課題となる一方、後者については、広く社会のあり方、人間の行動の問題である。これらに対しては、教育・広報による対処が主体となるが、そうした意味で提供される情報である。この手の情報提供は、形だけを整えたものではなく、対象ごとの、メッセージを込めたもので、また、一度や二度出しておしまいというものではなく、時期をにらみつつ適時出し続けていくものでなければならない。

いつ(when?) どういう目的で(For What?) 誰に(To Whom?) どうやって(How?) どこで(Where?) 誰が(Who?) 伝える情報なのか、ということを常に考えなければならない(最後の2つは、大きくはHowに含まれる)。

まず、Whenであるが、これはその村の考える流行のフェーズ分けによる。たとえば、

のようになるのが普通であろう。それぞれの時期に、それぞれの目的がある。まず、情報提供の目的をはっきりさせ、その目的に向けてどのように動くべきかを考えるべきである。

1 これから予想されることの、一般情報の提供(フェーズ1と2)。

ここで、もし何か配るものとしたら、新型インフルエンザ解説、相談Q&A集、啓発パンフレット程度があればよいが、行政からのお知らせとしての広報紙で、新型インフルエンザ「特集」を組むのも手である。だが、決して「紙を配って終わり」ではいけない。特にこうした地域では、文字だけでは大事なことは伝わらない。直接、人あるいは人の声を介した説明が大事であり、地域住民への地区ごとの「説明会」を、それも1と2のフェーズごとに行うべきである。

2 地域進入を可能な限り減らすため。

進入をいち早く察知すること。住民ができるだけ罹らないためにやること(フェーズ3と4初期)。そのためには、対象ごとのきめ細かな広報/説明を行う。たとえば、バス通勤・通学者に対しては、バスターミナルをチェックポイントに設定し、そこでチラシ配りを行って呼びかけ、教育のためのビデオを流したりして、地域へのもち込みを避けるために行った先での羅患防止のヒントや症状が出たときすべきことを明示し、呼びかける。マイカー通勤、昼間村にいる住民に対しては、戸別訪問による説明あるいは地区ごとの説明会の開催。ただし、地域に患者が出たことがわかった時点で、人を集めないといった観点で、それ以降は後者の方法はとらない。小中学生であれば、この時期に学校単位での教育を行う。

3 罹ってしまった人をできるだけ早く治療するため、地域に蔓延させないため、さらには、二次的被害防止のため(フェーズ4)。

このステージでは、この時点での新型インフルエンザに関する一般的な注意、情報と、地域・地区の積極的サーベイランスで得た情報の速やかな還元と、それに基づく諸注意などの広報の2本立てを行う(ただし、同時にやる必要はない)。

ここで注意が必要なのは、この項の最初の繰り返しになるが、この時点では日本中がパンデミックの嵐に巻き込まれているはずであり、「どこそこで患者や死者がどれだけ出ていて、薬が足りなくて、病院も満員、社会が麻痺しかけている」といったヒステリックな報道が電波に乗って過疎の村にも入ってきているはずだということである。それらに動揺することなく冷静に対処するよう呼びかける広報は、ぜひとも必要である。

 

今、地域でこれだけの患者が出ており、これ以上広がらないためにどうすべきか、地域として被害を少なくするためにどのようなことをお願いしたいかという具体的なものから、助け合い、協力をお願いし、たとえば、ボランティアのなり手の呼びかけという内容でもよい。

広報のやり方として、フェーズ3までは、地区ごと、対象ごとのきめ細かな広報を唱えてきたが、このステージでは、村全体としての一括した広報とする。有線での新型インフルエンザ番組でのお知らせ、チラシ配り、インターネット(村のホームページ)での情報提供、行政が出すさまざまな広報に注意するよう防災無線、防災用街頭スピーカーで呼びかけるなど、あらゆるチャンネルの使用の可能性を考えておく。

さて、ここまで広報の展開について述べてきた。とくに、フェーズ1、2では人手を使った広報だが、問題は、では実際にそれを誰がやるのかである。広報担当者(町単位)地区ごとに決めるのが望ましいが、そういった人たちを教育しなければならない。いずれにしても、本当に大事なことは、どのような内容の広報・教育を展開するかである。くどいようだが、これには事前の準備が大切である。

誰がやるのか?

1. コミュニティの結束力への期待

いろいろやるべき仕事をあげてきたが、これらのすべてで人が必要で、まずはそれを誰がやるかである。村の役場が中心になるのは当然で、その総力をつぎ込めば相当なことは可能である。しかし、長期にわたってさまざまなことをやり遂げるにはマンパワーは十分なものではない。住民の協力がぜひとも必要である。そういった自分たちの村や町を守る仕事を、他人事にせず自分たち自身の問題として自らが立ち上がろうということが、できるかできないかである。パンデミックではコミュニティの底力が試されるといえよう。都会では人が多いがゆえに他人任せ、行政任せが横行するが、もともと人口の少ないところではそうはいかないが、田舎はまだ昔ながらのコミュニティの結束力が保たれていることが多い。ここは、田舎の長所である。

人が集められるとしてそれだけではうまくいかない。それをとりまとめ、どの仕事を誰にお願いするかを決めるリーダーが必要である。……というより、むしろリーダーとなるべき人の力で、そういった人たちのやる気を出させ、対策に一肌脱いでもらうという形が現実的なのかもしれない。

2. リーダーシップについて

対策の中心となる人物は、形のうえでは行政の長になるのはどこのレベルでも同じであるが、それだけでは本当の対策にはならず、実質的に取り仕切る人物が必要であり、それをここではリーダーと呼ぶ。リーダーにふさわしい人はどのような人か。

筆者は、地域に根ざした具体的準備計画を行うのであれば、当然、地元のことをよく知っている人が大前提となると考える。次に地域住民の協力を引き出すためには、それまで地域で実績があり、住民から尊敬を集めている人が望ましい。そういった人は地域を守ることに対する意識も高いのが普通である。その人物がインフルエンザを含め住民の健康・福祉に対して問題意識をもっているのであれば、なお好ましい。そうしたリーダーは、先の「学ぶべき教訓」のところで触れた1918年、アラスカの例では村の小学校の一教師、アメリカ領サモアでは島を統治する、住民の尊敬を集める知事であった。だが、そのように自然発生するのは、むしろ例外的でもある。まずそういった人物を開拓し、教育・情報提供をし、リーダーとして育て上げていく必要がある。そこは、県レベルの責任である。僻地型対策の成否の鍵は、じつはここら辺にありそうである。

また、そうしたキーパーソンが倒れないよう守るための施策や、もし倒れてしまったときの二番手の人選(通常は補佐役として働く)も考えておく必要がある。

死亡率を低く保つためには、リーダーシップというものが、絶対欠かせない存在であった。
自己満足、無能、やまい、あるいは「運の悪さ」といったものによって本来パンデミックに効果的に対処すべきはずのリーダーの力が麻痺してしまっていた多くの場所で、流行は、あの黒死病に匹敵するはど致死的なものになっている。

A.W.クロスビー著
『史上最悪のインフルエンザ』第12章  サモアとアラスカより(一部改変)

僻地型プランニングへのサポートの必要性

これは、実際にある村で僻地型プランニングをやってみようとしている人に、問題点をあげてもらって改めて知ったことである。自分は村の行政を説得してうまくやれる自信があっても、上位の行政の締め付けにあった場合、にっちもさっちも行かなくなるということであった。先例のない村独自のことをやろうとしても、かならず上位の行政当局から「問題を指摘」されるというのである。たとえばボランティアを使って何か不都合があった場合の責任問題、職員の安全保障の問題、さまざまな新たな試みをやろうとしたときの法的根拠の問題等々である。また、よかれと思っていろんなことをやろうとしても、経済的な面での縛りも出てくる。ものをネガティブにみていく癖の染みついたお役人には、格好の獲物である。そこら辺を何とかするのは、上位の自治体のリーダーであり、国のリーダーである。小役人の、「あれダメ、これダメ」の説明を真に受けるのではなく、大きな目的に向かって本質的によいことであれば、何とか解決法を見出し、トップダウンで支えてあげるくらいの度量があってしかるべきであろう。

パンデミック対策において、確かに上位と下位の整合性というのも必要かもしれない。上位の行政による方向づけは、いわずもがな絶対不可欠だが、十分条件ではない。マニュアルだけでは解決しないし動かない。末端の各論に行けば行くぼど、特にそうである。ましてや具体的マニュアルも提示されていない現状を考えれば、上から縛るより、信頼できる人に現場を預けることも必要ではないだろうか。行政は、そういった人たちが動きやすいよう物的、人的、精神的支援、経済的、法的支援をすべきであり、それができないのであれば、そして自分たちが何もできないのであれば、最低限、足を引っばるような真似はすべきではない。

おわりに

昨年晩秋の出来事である。筆者の住む仙台市で、主に開業の先生方を対象にした「新型インフルエンザ」講演を拝聴した。そこで外からやって来られた某医師が、「何もない、タミフル®ない、下手すると暴動が起きる、アマンタジンだめ、何をする? ベトナムのICUの患者の写真をみせて、Are you ready?」とやったものである。具体案も何もなく、仙台までやって来て、ただ人を脅すだけでは、あんまりではないか。挙句の果てに、組織的にやれないからタミフル®の「個人備蓄」だとのたまった。言葉のうえで耳障りはよいが、要するに自分の立場を利用して、自分だけが助かればよいということではないか。そんな風潮が医師の間で広まったらどうなるのか?そして、それを一般の人たちが知ったらどうなるのか? 話題が注目されるなか、にわかにインフルエンザ専門家が増えるのは仕方ないが、こういうのはご遠慮願いたいと痛感させられる出来事であった。

…と同時に、それでは一体自分に何ができるのか、偉そうなことばかりいっても対案がなければ批判の資格もないと、向けた太刀が今度はわが身に返ってくるのだった。そういうわけで、今本稿を自分に鞭打ちながら書いているのだが、思うことがあっても誌面の都合もあり、能力のなさもありでどうも書ききれていないし、もちろん自分の考えにはいつも相当の穴があることも先刻承知である。非現実的であるとか、あるいは具体的な部分が少ないといって非難する人も出てくるであろう。完壁はもとより期待していない。大事なのは、いろんな人が知恵を出し合うことであり、拙稿がそのきっかけになってくれればと思っている。議論は大歓迎である。

今回はお題目並べで終わってしまった。筆をおくにあたり、こうなった以上、いずれ、もっと具体的な試みを提示してみたいと考えているところである。

(なお本稿は、メディカルレビュー社 『インフルエンザ』 2006年7月号に掲載されました。)

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